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森田一義から赤塚不二夫への弔辞

(2008年)8月2日にあなたの訃報に接しました。

6年間の長きにわたる闘病生活の中で、
ほんのわずかですが回復に向かっていましたのに残念です。

10代の終わりから我々の青春は赤塚不二夫一色でした。

何年かのちに私がお笑いの世界をめざして、九州から上京して、
新宿・歌舞伎町の裏のバーでライブみたいなことをやっていたとき、
あなたは突然目の前に表れました。
その時のことは今でもはっきり覚えています。

赤塚不二夫が来た。あれが赤塚不二夫だ。私を見ている。

この突然のできごとで、
私は、あがることさえできませんでした。

終わってやってきたあなたは、君はおもしろい。
お笑いの世界に入れ。8月末にある僕の番組に出ろ。
それまでは住むところがないから私のマンションにいろ。

自分の人生や他人の人生にも影響を及ぼすような
大きな決断をこの場でしたのです。

それにも度肝を抜かれました。

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それから長いつきあいが始まりました。
しばらくは新宿の寿司(すし)屋で夕方に集まっては
深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタをつくりながら
教えを受けました。

いろんなことを語ってくれました。
お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。

あなたが言ってくれたことは金言として
心の中に残っています。
そして仕事に生かしています。

赤塚先生は本当に優しい方です。
シャイな方です。麻雀(マージャン)をする時も、
相手の機嫌を悪くするのを恐れてツモでしかあがりませんでした。
あなたが麻雀に勝ったところを見たことがありません。

しかし、その裏には強烈な反骨精神もありました。
あなたはすべての人を快く受け入れました。

そのために、だまされたことも数々あります。
金銭的にも大きな打撃を受けたことがあります。
しかし、後悔の言葉や相手を恨む言葉をきいたことがありません。

あなたは父のようであり、兄のようであり、
時折見せるあの底抜けに無邪気な笑顔は
年の離れた弟のようでもありました。

あなたは生活すべてがギャグでした。

ギャグによってものごとを無化していったのです。
あなたの考えは、すべてのできごとを
前向きに肯定し受け入れることです。

それによって、人間は重苦しい意味の世界から解放され、
軽やかになり、また、時間は前後の関係を断ち放たれて、
そのとき、その場が異様に明るく感じられます。
それをあなたは見事にひとことで言い表しました。

すなわち「これでいいのだ」と。

いまふたりで過ごしたいろいろな出来事を思い浮かべています。
一緒に過ごした正月。そして海外へのあの珍道中。
どれもがこんな楽しいことがあっていいのかと
おもうばかりのすばらしい時間でした。

最後に会ったのは京都・五山の送り火です。
あのときのあなたの柔和な笑顔はお互いに
労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。

あなたは会場のどこか片隅で、ちょっと高いところから、
あぐらをかいて、肘(ひじ)をつき、にこにこと
眺めていることでしょう。

そして、おまえもお笑いやってるなら弔辞で笑わせてみせろと
言っているにちがいありません。

あなたにとって死もひとつのギャグなのかもしれません。

人生で初めて読む弔辞が、あなたのものになるとは
夢想だにしませんでした。

私はあなたに生前お世話になりながらひとことも
お礼をいったことがありません。肉親以上の関係であるあなたとの間に、
お礼をいうときにただよう、他人行儀のような雰囲気がたまらなかったからです。

他の人から、あなたも同じ気持ちだったと聞きました。
しかし、いまお礼を言わせていただきます。

赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。
私もあなたの数多くの作品の一つです。

合掌



2008年8月7日 タモリさん声震わせ「私も作品」 赤塚不二夫さん葬儀
http://www.asahi.com/showbiz/manga/TKY200808070146.html
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